伊集院大介最後の推理
“「伊集院さんじゃないですか!」
いきなり、声をかけられて、伊集院大介は振り向いた。そこに、中肉中背の、ごくありふれたグレイの背広に午後までですでに疲れがしみこんだ感じのしわくちゃなワイシャツと、それに細くもなく、太くもないネクタイをしめた、四〇がらみの男が立っていた(「誰でもない男――伊集院大介の秋思」より)
2008年12月に発表された短編「誰でもない男――伊集院大介の秋思」は、栗本薫の手による伊集院大介シリーズ最後の作品です。本書には、まさに伊集院大介の最後の推理を描いたこの短編のほか、単行本未収録作品4編が収録されています。
商品概要
伊集院大介最後の推理
著者:栗本薫
発売日:2017/08/20
伊集院大介最後の推理
著者:栗本薫
伊集院大介シリーズお馴染みのキャラクター、山科警視、森カオル、伊庭緑郎、滝沢稔ことアトムくんほか、『ぼくらの時代』の栗本薫も登場する作品集。「月光座 金田一耕助へのオマージュ」では伊集院大介と金田一耕助が共演、「幽霊座」での耕助の推理をリスペクトを湛えつつ伊集院大介が新たに解き直すという趣向も。栗本薫逝去の前年に書かれた「誰でもない男——伊集院大介の秋思」など5編を収録し、伊集院大介の文字通り最後の推理を収める。
収録作品
伊集院大介の追跡
ファッションモデル連続惨殺事件で『天狼星』に登場した、魔人シリウスとの熾烈な戦いは『天狼星Ⅲ 蝶の墓』での死闘の末にようやく終結をみた。しかし大介は失踪、その後行方は杳としてしれなくなる。本編はその伊集院大介の運命を案じる森(松之原)カオルと山科警視の、伊集院大介探索行を描く。
主な登場人物:山科正信(警視)/森(松之原)カオル
(「小説現代1989年3月号」掲載)
間の悪い男
伊集院大介にはなかば迷惑がられながらも、シャーロック・ホームズの助手ワトソンを任じる陽気な新聞記者伊庭緑郎。ある朝、彼は伊集院大介の事務所を騒々しく訪れ、いつものごとく大介を辟易させながらも、知り合いから頼まれた殺人事件の解決を頼むのだった。
主な登場人物:伊庭緑郎/山科正信(警視)
(「小説現代1996年10月号」掲載)
殺怪獣事件
『ぼくらの時代』で若者代表のような存在であった栗本薫もすでに一児の父となり、作家としておおいに活躍するようになっていた。その彼が、ひさしぶりに伊集院大介の事務所を訪れたのは、殺人事件ならぬ殺怪獣事件の解決を依頼するためだった。
主な登場人物:栗本薫/山科正信(警視庁を退職)
(所収『名探偵の挑戦状』1994年6月25日)
月光座 金田一耕助へのオマージュ
『金田一耕助に捧ぐ九つの狂想曲』のために書き下ろされた作品。老いた金田一耕助とともに「月光座」での舞台を観劇する伊集院大介が、そこで起こった事件の謎を解き、さらにその遠因となる金田一耕助の解決した「幽霊座」の事件を新たに解き直すという趣向。
主な登場人物:金田一耕助/芳沢胡蝶(名前だけ登場)/瀬川粂之助(名前だけ登場)
(所収『金田一耕助に捧ぐ九つの狂想曲』2002年5月25日)
誰でもない男――伊集院大介の秋思
「伊集院さんじゃないですか」いきなり、そう声をかけられたものの、伊集院大介にはいつどこで出会った人物なのか思い出せない。もう若いとはいえなくなり、自慢の記憶力にもいささか衰えをきたしてきたかと不安になりはじめている伊集院大介にとって、名前が思い出せないことはとうとうやきが回ったか? しかしふとした新聞記事が、その人物と結びつき、意外な事実が浮かび上がる。
主な登場人物:滝沢稔/山科正信(警視総監)
(所収『幻影城の時代 完全版』2008年12月15日)
伊集院大介とは?
職業《名探偵》 栗本薫の生み出した名探偵。そのルックスはさだまさしに似ているとも似ていないとも。銀ぶちめがね、ぼさぼさあたま、ひょろっと細長いとんぼを思わせる色白で長身。性格は極めて温厚、聞き上手。 まるで千里眼であるかのように周囲をいつも驚かせる神がかり的なヒラメキも、本人によれば論理の積み重ねに過ぎないという。
学生時代から「名探偵」になることを志す(「伊集院大介の青春」)。複数の大学に入りなおしたり、教育実習の際に事件に遭遇したり(「優しい密室」)、学習塾を開いて、その教え子の一家で連続殺人事件が発生したり(「絃の聖域」)、といったことを経て、念願の探偵事務所を開設するも仕事を選べない中、浮気調査を依頼されたり(「ガンクラブ・チェックを着た男」)、数々の難事件を解決しながら名探偵の名声を打ち立てていく。
» 伊集院大介登場作品
作品の特徴
「フーダニット」(犯人当て)「ハウダニット」(トリックの解明)よりも「ホワイダニット」(犯人像や動機の解明)を重視したストーリー展開が特徴的。長編ではなかなか事件が発生しないこともある。さらには伊集院大介自身がなかなか登場しないことも。
短編では安楽椅子探偵スタイルで、話を聞くだけで真相に到達することも多い。
シリーズ全体としてのジャンルは「ミステリ」に分類されるものの、人間ドラマを中心とした「探偵(が登場する)小説」であり、ミステリ要素が強いものもあれば、冒険譚ともいうべきもの(天狼星三部作)、ラブストーリー(含同性)などもあり、同じ作品でも読者によって評価がまっぷたつに別れることも多い。
主な登場人物 山科正信 警視庁のエリート。伊集院大介とはじめて出会ったときは警部補、その後、警部、警視へと出世、最終的には警視総監へと上り詰める。伊集院大介とのかけあいは、本シリーズの醍醐味。
森(松之原)カオル 伊集院大介の「初代ワトソン役」。高校時代、教育実習に訪れた伊集院大介と知り合う。その後推理作家として彼の関わった事件を題材とした作品を発表するという役割を担う。名前からも、本シリーズの著者・栗本薫の分身ではないかと思われるが、栗本薫自身はこのキャラクターとはだんだん気が合わなくなってきたらしく「猫目石」のあとがきでは「この作品の中でブチ殺して、もっと気のあったワトソンをさがそうか」と思っていたらしい。
滝沢稔 伊集院大介の二代目ワトソン役。パソコンマニアで動物好きのおタク。ニックネームはアトムくん(パソコン通信のハンドル名から)。伊集院探偵事務所に出入りし、掃除、炊飯から、ファイリング、パソコン速記、情報収集と、たいへん有能な助手としてのはたらきをみせる。
竜崎晶
3歳のときに人質にとられ母親を殺され、15歳のときにシリウスに人質にとられ、舞台俳優を目指して主役に抜擢されてスターダムへと上り詰めるも殺人事件に巻き込まれるという数奇きわまりない運命をたどる少年。
(「伊集院大介最後の推理」には登場しません)
伊庭緑郎 伊集院大介にはなかば迷惑がられながらも、シャーロック・ホームズの助手ワトソンを任じる陽気な新聞記者。
芳沢胡蝶 日舞の女形。その姿と舞の美しさは各方面から絶賛されている。天狼星事件で、彼を巡って伊集院とシリウスとが死闘を繰り広げる。
瀬川粂之助 歌舞伎役者。踊りの名手で若い女の子に人気がある。芳沢胡蝶を愛する。
シリウス
伊集院の宿敵。自らの手を汚すことなく殺人を犯すことに快感を覚える。
(「伊集院大介最後の推理」には登場しません)
栗本薫 本シリーズの著者・栗本薫と同姓同名の作家・探偵。ただし性別は男。「ぼくらシリーズ」という別シリーズの主人公であるが、いくつかの作品で伊集院大介と共演。