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増補 ためらいの看護
看護理論/教育/研究「生きている限り心臓が弾み続けいのちを支えるかのように、ケアの弾性は人と人の間にいのちをもたらす」。介護・看護の現場から生まれた臨床哲学の名著の増補版。九鬼周造『偶然性の問題』をテーマにした修士論文を収録。【目次】【病棟から】Ⅰ 病の意味を見いだす第1章 「信なき理解」から「ためらいの看護」へ第2章 食と生きざま第3章 生きる技術・生かす技術【病棟から】Ⅱ パッチングケアの方へ第4章 臨床看護の現場から第5章 ケアの弾性——認知症老人ケアの視点【病棟から】Ⅲ 人に寄り添うということ第6章 臨床テ
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増補版 なんとかせい! 一事入魂 島岡御大の10の遺言
スポーツ元明治大学野球部監督・島岡吉郎が遺した10の銘言御大の下で主将・エースとして東京六大学野球の春秋連覇、神宮大会優勝を果たした著者が語る、その人物像と秘話。没後34年を経ても語り継がれる「人間力」を育んだその魂の言葉の数々は、野球界にとどまらず、現代社会に生き続けている。“一球入魂から「一事入魂」へ”一事が大事でも小事でも、魂を込めて事にあたれ。どんなことも気持ちを込めてあたれば相手に通ずる。【目次】はじめに其の一「ここは野球部の合宿所ではない。人間修養場だ」 其の二「野球の前にまず、人間の修養
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そこから逃げだす魔法のことば
ファンタジーぼくは小学三年生。ぼくのおじいちゃんは最高。おじいちゃんはかっこよくて、 おもしろい話をたくさんしてくれる!こわーいねこのおばあさんから逃げだす話や一寸法師になってかわいいお姫さまと出会った話、安全ピンのセールスマンのときに海賊に捕まった話、おばあさんをおんぶしたら女神さまだった話、助けたカラスが恩返しをしてくれた話、そして、おじいちゃんのひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの出会いの秘密!!!どれを聞いても、うなる話ばかりだ。
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そこまでして覚えるようなコトバだっただろうか?
文学たった一音が発音できずに自国から疎外された〝クィ〟が望む真の「故郷」サッカーからヒトの起源にまで自国をとび出し還っていく「イベリア半島に生息する生物」ひらがな、カタカナ、漢字……アトラクションさながら文字を乗り越えていく「あカ佐タな」〝お金を払ってまで覚えないといけないようなモノだっただろうか?〟著者デビュー作「廃車」「LIFE」に登場した猫木豊が子の国語習得の前で立ちつくす「王国の行方――二代目の手腕」【目次】故郷イベリア半島に生息する生物あカ佐タな王国の行方──二代目の手腕
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組織風土が変わる25のステップ 若手社員プロジェクトによる役割行動主義人事制度成功のポイント
企業/組織論従業員と経営者の間の信頼を育て、組織風土を輝かせるためには――。若手を中心に組織風土改革プロジェクトのメンバーを公募し、人事制度の中核である行動基準をつくる議論と対話の「プロセス」が、風土改革のカギを握る。組織課題の抽出・分析から行動基準の作成、人事制度への紐づけに至る段階を25のステップに分けて詳細に解説。組織における信頼の醸成は、個が自律的に動いていくリーダーシップのあり方につながっていく。【目次】第1章 組織課題を見える化する①組織風土改革のゴールを決める②組織・人材診断③診断結果から課題
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そら耳のつづきを
詩/短歌/俳句現代川柳は《現在》の破片である──。川柳の伝統を批判的に受け継ぐ現代川柳作家による480句。『はじめまして現代川柳』でも注目された著者の待望の第一句集。【収録句】マグカップで壊せるような朝じゃないそら耳のつづきを散っていくガラス最初が運、途中は夢でいいですねガラス屋の軽トラの荷台のデュシャン君が袖ふる愛をガシガシ消すために足もとはNIKE行き交う年もまたヒロシマにダーツふわっと散る光神よ神よ砂ずりがまだ来てませんね漱石のちょっと発熱ちょっと死後【目次】1 イカロスの罠2 ヘルタースケルター3 仮
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それはわたしが外国人だから 日本の入管で起こっていること
社会問題難民、紛争などの取材・発信を続けるフォトジャーナリスト安田菜津紀が、日本の入管政策に翻弄されてきた外国にルーツのある4人を取材。一人ひとりの生きた道のりをたどり、彼らがどんな困難に直面してきたかを子どもにも伝わるように平易な言葉でまとめた。あちらこちらで「多様性の尊重」がうたわれているのに、そこから排除される人たちがいるのはなぜだろう。私たちにはなにができるだろう。そんな対話のきっかけになることを願って。金井真紀によるカラーイラスト多数。難民・移民フェスのエッセイも。【目次】01 在留資格がない
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それは私がしたことなのか 行為の哲学入門
哲学/思想正しい行為とは何かを問う哲学書では以下のような極限的事例が議論されます。「列車が暴走し線路上に立つ5人を轢かんとしている。ただし、眼前のレバーを引けば列車は1人しか轢かない別の線路へと入る。引くべきか否か、その選択はどんな理論で正当化されるのか……」。しかし、ジレンマに陥った中での苦渋の選択というものから、倫理について多くを学べるのでしょうか。我々の目指すものは、こうした状況で躊躇せず正しい行為を選び取れる、ということではないのではないでしょうか。筆者は、我々の理解から乖離しない倫理の解明に向け