出版をめぐる状況は世界的な規模で、大きな変貌を遂げている。
著者紹介
書評・紹介
- 《書評「大雪崩を止める、かんじんの『つぎの手』はあるのか」》 津野海太郎 本とコンピュータ14号
- 出版者と取次と書店、その三者の経済的・精神的な一体感がバタバタと崩れ出し、「いまは自分が生きのこるためなら、掟破りであろうとなんであろうと、おたがい、もうなんでもありの状態になっているんです」と、ある公開の席で出版ニュース社の清田義昭氏が話すのを聞いた。いわば出版界のスポークスマン、あの慎重で粘りづよい清田氏にしてこの言があるかとガクゼンとした。
「出版社、取次、書店は三位一体であるとする『常識』が事実上、崩壊しかかっています」と、本書の著者、湯浅俊彦氏もまったく同じように断じている。三位 一体でやってきた以上、崩れるときは総崩れである。いったん滑りはじめた大雪崩をどうしたらせき止められるか。諸外国とちがって、日本の場合、出版産業の電子化は、よかれあしかれ、この難題と不可分のかたちですすめられてきたし、現にすすめられている。そのことがこの本を読むとよくわかる。
湯浅氏はここで、一九九〇年に発売されたソニー「データディスクマン」にはじまり、POSやEDIなどの書店業務のオートメーション化をへて、今年、インターネット上に開設されたオンライン書店「bk1」や小規模出版の共同オンライン販売システム「版元ドットコム」などにいたる電子化の歩みを、おもに書籍や雑誌の流通 面から克明に記録にとどめている。もちろん、『広辞苑』をはじめとする辞書類のCD-ROM化、クラレと経葉社による書物のデジタル画像化ソフト「PICT-ROM」、「HONCO on demand」や「電子書籍コンソーシアム」の話もでてくる。それにしても、よくもまあ、こまかな情報をこれだけ丁寧にあつめたものだ。この十年、出版電子化についての新聞切り抜きをしていた人は、すぐにそのすべてを破棄してしまってもいいくらい。
ただし、これらの膨大な情報の集積から、いくぶんかなりとも手応えのある希望が見えてくるかといえば、到底、そうはいえないものがつらいところである。CD-ROMにせよオン・デマンド出版にせよ、なにかお金になりそうな仕組みがみつかると、書店も取次も出版社も、はては宅配業者やコンピューター関連企業やコンビニまで、おびただしい企業や企業連名が、いっせいに同じ方向に向かって走りだす。大々的にマスコミ発表し、でも実際にはさしたる確信もなくはじめたプロジェクトなので、その多くがいつのまにかひっそりと消えてしまっている。そのたびに無力感が増幅される。夢という名のゴミの島。なんだ、みんなして大口たたいて、こんな程度のことしかできないのか。
ある産業が崩れはじめる。いそいで、つぎの手を考える。でも、そう簡単にはいかない。かんじんの「つぎの手」を、それ以前の、崩れの原因になった古い体質が規定してしまうからだ。
儲かることならなんでもやります。売れない本や雑誌は一切だしません。ほかの業種はともあれ、出版産業を自壊させたのが、一九八〇年代にはじまるこの種の市場中心主義だったことは疑いない。書店の棚が「金太郎飴」化したのは書店だけの責任ではない。出版社や取次をふくむ出版産業の全体が、よってたかってそうしてしまったのである。 だとしたら「つぎの手」とはなにか。この「金太郎飴」化の流れを断ち切ることだろう。しかし、いまの出版産業のバブル体質(経済的な結果 しかリアルに感じられない)にとって、それはいちばんむずかしい作業にならざるをえない。それやこれで、どんな電子化のこころみも、結局は、その場しのぎの貧乏くさい弥縫策みたいなものになってしまう。もうちょっとわくわくさせてくれるような動きが、どこかにあってくれないものかしらん。
日本における動きと並行して、学術出版の老舗エルゼビア・サイエンスによる専門誌のオンライン化など、欧米における出版電子化の動向にかんする詳細な報告が本書の読みどころの一つになっている。知らないことがいろいろでてきて面 白い。かれらも「生き残り」のためにたたかっている。それにしては防御的な印象は薄い。問題も多そうだけれども、とにかく電子化によって自分のやりたいことをなにがなんでもやりぬ くという積極性がただよっている。日本の出版界の電子化戦略に欠けているのはそのがむしゃらな積極性なのではないか。
- 《おもしろさはここだ!》 ポット出版・沢辺 均
- いま出版は大きな曲がり角に立っている、というのが、業界関係者や出版に興味・関心を持つ人の、共通 した認識だと思う。
再販売価格維持制がなくなるかもしれない/本が売れない/書店がどんどん減っている/あそこも危ない、などという危機感。
そこに、デジタルという大きな波がたまたま押し寄せているもんだから、話がごっちゃになって、混乱してしまっているようだ。それで、いま出版の世界では「何でもあり」っていうムード。
その一番の例が、トーハン・ソフトバンク・セブンイレブンなどのイー・ショッピング・ブックスだ。
トーハンという取次(問屋)が、インターネット上にバーチャル書店を開き、直接読者に販売する。さらに、本の受け取り先としてセブンイレブンと組んだ。
これまで、取次が書店を飛び越して読者に直接販売することは、想像することもできなかった。書店の反発を招くからだ。まして、コンビニと組むことまで想像した人は何人いたのだろうか。
コンビニでの雑誌などの販売によって、小さな書店の売り上げが落ちていたそうだ。だから、書店にはコンビニへの反発があったという。
実際この計画が公表された当時、書店組合が取次に抗議した。
さて、業界自身が曲がり角の上、IT(情報・技術)革命などというデジタルの大波が押し寄せて、なにが問題で、どう解決していくのか、といった話がぐちゃぐちゃになっているなかで、『デジタル時代の出版メディア』をポット出版から発行した。
書き手は湯浅俊彦さん。
旭屋書店外商部に勤務して、毎日大学などに本を抱えて営業・納品している人だ。
その書店現場にいる人が、出版界のデジタルをめぐる動きをほとんど網羅してレポートしたものがこの本だ。 話がぐちゃぐちゃになっているから、一度冷静に全体をながめてみようということだ。
IT革命というものが、すべての問題を解決するわけはない。ネットワーク上のバーチャル書店をつくれば、業界全体で100の売上げが、120や150や200に増えるわけはないのである。
しかし、書店に注文しても2週間・3週間待たされる、あげくに品切れでしたといわれてしまった、というよく聞く苦情をこのままほっておくべきではない。本の存在をデータベース化して、誰でも見ることができるようにしたいものである。それらを解決・実現する上で、ネットワークという情報連絡網はかなり使える道具のようだから、だから、やっぱり研究したりすべきだと思う。
頼り切るのではなく、無視するのでもない。こういったスタンスから、ホントに冷静に全体をながめるのが、いま一番必要な態度ではないか。
そう、この『電子・ドットブック版』も、「これで大儲けさ」ではなく、「電子本なんかつくったってしょうがない」でもないスタンスから、一つの研究、一つの実験として発行することにした。
もちろん、湯浅さん自身にそうしたスタンスがあったからこそ発行することができたのは間違いない。
さらに、『電子・ドットブック版』には、索引にウェブページへのリンクを貼っている。電子本にだけつけることのできるおまけである。
ここまで読んでくれたあなたは、きっと購入ボタンを押したくなっているのではないだろうか。